園芸店へゆく

2017/03/27
ラナンキュラス20170327

お気に入りの園芸店へ車で30分ほどかけてゆく。
手入れのゆきとどいた庭に季節の花が咲いて、それを見にゆくだけでもじゅうぶん価値のある店だ。
銅色の鉢を無造作においた場所には、赤のアネモネの苗、
緑色に咲くラナンキュラスはいったいなんの植物だろうかと品種ラベルを見る、
よく伸びたムスカリがあまりにも立派で、不思議の国のアリスの世界に咲く花のよう、
単純なバーベナも枝垂れて美しい。

一歩一歩が惜しい、と思い、
そうして外のコーナーをすぎてやっと屋根のある店内に入る。

なんの匂いだろうか。

植物と光と水と、水音のように流れる音楽、
ベトナムからでもきたかのような陶器の鉢、
それらが混ざったら、こういう匂いになるらしい。

ああ癒される。

ことこという水の音も、あたたかな光も、光を受ける植物も、
陶器の淡いグリーンの色も。

一流店なので、寄せ植えも苗も、そこそこのお値段である。
なのでたいていは、目の保養で終わらせることが多い。
が、今日は少しばかり買い物をする。

黄色のラナンキュラス、青花のムスカリ、あとパンジーを少し。
もう一軒はしごして、そちらで迷っていた薔薇苗を一鉢。
バフ・ビューティという品種。これでいよいよわが家黄薔薇だらけになる。

家に帰り、ローズマリーのうしろのあいたスペースに黄色のラナンキュラスを植え、
ムスカリもおなじ鉢植えの中に詰め込むように入れる。
寄せ植えは、ぎゅうぎゅうにしたほうが見映えするように私は思う。
家の前に花が咲く風景というのは、春先はことによい。

植物を植えるほどの元気をとりもどしつつある。

パンジ020170327


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山茱萸(さんしゅゆ)

2017/03/20
サンシシュ20171320

山茱萸(サンシュユ)。
黄色い小花の塊が枝に点々と咲く。
マリメッコのテキスタイルにでもありそうで、居間にかざるとかわいいんじゃないかと、
たまにでかける直売所で買った。
こういうところで売られている花は、大変安いうえにかざらないところがいい。
田舎のおばあちゃんちの庭に咲いてる風。

娘が原付バイクに乗る練習をしている。
やっと「時速30キロだせたっ!」とよろこんでいたので、
そんなにだす必要ないのにと言うと、
「だって20キロで走ってたら、うしろから鳴らされるんだよ」とうらみがましい声をだす。
クラクションを鳴らしたその運転手、私がそこにいたらにらみつける。

娘はまだカーブを曲がれないそうだ。
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漬物の味

2017/03/16
野菜室に、はんぱの野菜をみつけると、切り漬けをつける。
切り漬けとは、野菜をきざんで塩をする漬物のこと。
丸ごとの白菜やら大根をぬか床に漬ける本格的な漬物にたいして、
ちょっとだけ残っている野菜をちょんちょんときざんで、
ジップロックなんぞに塩と一緒にいれモミモミすれば、30分ほどでできる。
まぁ、だれしもがいつでもできる、そういう代物だ。

塩分濃度は2~4パーセント程度だろう。
野菜の総重量さえ計ることができれば、だれでもがいつでも作ることができる。

世にかほどシンプルなレシピは、あるまい。

が。
シンプルなレシピほど、味は大きく左右に揺れる。

満足できる切り漬けができると、この世にこれほどの美味はない、と思う。
おかずはこれだけで、ごはんはどれだけでもイケる。
のだけれども、そういうことは、大変稀である。
生姜をきざんだのを混ぜたり、大葉をこまかくたたいてみたり、
そのときどきに、塩分以外のいろんなことを試みるが、
それがいつもいつも成功するわけじゃない。
以前の試みが必ずしも成功するわけでもないのが、非常に微妙でもある。

人生とは、つまり、こういうことかもしらん、と思う。

成功するにちがいないと思うことが、案外そうでもない。
なんじゃこりゃ、だ。
何度も何度もやっているうち、偶然いいものができる。
しかしそれは、ほんとうに偶然の産物でしかない。
その、でしかないことに気づくのにすら、数十年を要する。

美味を味わえた時点で、なんというラッキーなんだろうと気づくべきなのに、
そのときは一瞬に過ぎてゆく。


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ホワイトデー無用論

2017/03/13
担当替えがあって、フルーツカッティングからはずれることになった。
さみしいと一言でかたづけることができない、
これこそ天職だと思っていたフルーツカットだが、
店長言うところの、あなたにしかできない仕事が私を待っていて、
今はそれをしている。

あなたにしかできない仕事も、まぁ楽しくないわけじゃない。
目の前のことに集中していると、時間はどんどん過ぎてゆく。
が、生きがいを感じるってほどでは、もちろん、ない。

ホワイトデーの買い物をしなきゃならない、と夫に言うと、
女のくせにホワイトデーになんの関係があると、
バレンタインにチョコとほぼ無縁だった夫は鼻白んでいる。

「女でももらんだよ、女から」とこたえる。

もらったらお返しをする習慣というのは、法律かなんかでなんとかしてもらえないだろうか。
だって考えてみたらよい。
もらったものと同等、もしくは半分くらいの価値のあるもの(半返し)をあらためて送る、というのは、
ものすごくものすごく、不合理だ。
半返しという習慣があるがために、人は、最初からそれを想定して、
お返しの倍のものを送るのがたしなみのようになってやしないだろうか。
同等のものを返すにいたっては、最初っからやめとけばいいだけの話だ。
バレンタインだのホワイトデーだののデパ地下のくそにぎわいは、いったいなんのためか。

バレンタインにチョコをもらったときは、よろこんでいたくせに、
お返しをするときはおなじ人間が鬼みたくなっている。
しかしデパートで、気に入ったお返しをみつけることができたとたん、
ほっとした。

結局小心者だ。
好きな仕事を上から言われれば黙って替わるし、
バレンタインにチョコレートをもらったら、ホワイトデーにクッキーのようなものを探す。
それで、なんでもかでも身の丈にあっているとわかったりみつけたりすると、安堵する。
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濃いめの味噌汁

2017/03/06
このごろ、いろんなことがありすぎてありすぎて。
まぁこれが人生の味ってもんなのかもしらんが、味にたとえるとすると、
こいめの味噌汁ってとこだ。
大量に作った豚汁を一日二日では到底食べきれず、
翌日もその翌日もそのまた翌日も、
へたすりゃ外食する日もあったりして、しかしその日も火くらいいれなきゃいかん、
かくして味噌汁はどんどん濃く、どろどろになっていく。
それが来る日も来る日も、食卓にあがる、
そういう気分だ。

ニンゲンというのは、なぜこう複雑な生き物なのか。
というか、なぜこう物事を複雑にさせたがるのか。

もっと言えば、なぜ物事を複雑にとらえるのか。

正直に言えば、
実家の母のくどくどしさや、夫の母の底意地の悪さを
𠮟り飛ばしてやりたい笑
あと若いくせに月に一度は風邪をひく職場の上司、私にはムリなことばかり言うけど、
あんたがもっとしっかりしな、と怒りたい笑
それからこのごろ次々と鬼籍に入っていく親戚のおばちゃんやらおじちゃんにも、
もうちょっと間をあけたらどうだ、とたのみたい笑
しかもその事柄のいちいちに小さなオマケの寓話がついていて、
そのいちいちを言う誰かがいる。

ああもうしんどい。めんどくさい。
自分のことだけ、していたい。

ハッピーな赤いスープだけを飲んで暮らしたい、と思う。
イタリアの片田舎なんかで出てきそうな、トマトでだしをとったスープ。
その町は、いつも夏みたいな太陽がさんさんとしていて、
空の色は青で、建物の壁は白ばかり。

あぁもうこのさいイタリアじゃなくてもいい。
ニヤチャンでも石垣島でも、いや、小豆島でもいい。
知ってる人のいない世界にゆきたいッ!
comment (0) @ まいにち