横澤夏子ファン^^

2017/05/24
キティローズ20170524

横澤夏子(さん)がテレビに出始めたころ、

このコ、娘にそっくり!

とビックリし、テレビの画面に何度も何度も見入り、
夫や実家の母に、「ね、テレビに出てるコで、」と私にしてはボルテージをあげて話した。
まぁ彼らは、そうでもないというシラっとした反応だったのだが、
私は、え?なんでわからないの?瓜二つじゃないのさ、と思っていた。

以来すっかりファンなんである←単純。

横澤夏子さんというのは、ファンという立場になって見ていると、
育ちのよさがにじみ出ているというのか、
女性芸人さんにありがちな(失礼)、えげつなさが全くといっていいほどなく、
おもしろさがほどほどで、かといっておもしろくないわけじゃなく、私的に、ちょうどよい。
しかも、女優さんほどスタイルがよい。
すらっとしていて細身、なのに芸をするときは、ダサい服装でキメていて、
そういうところがかわいい。
(けれど私服はきっとおしゃれなんだろうなと私は思っている、こういうのファン心理なんだろうか)

このごろはテレビで彼女を見ない日はないほど、いまや売れっ子である。
売れっ子になっていっても、芯がブレてこないのも、うれしい。


さて、いよいよ薔薇の季節が到来した。
キティローズを一輪切ったつもりが、ハサミの刃先が狂って、
お目当てのじゃない終わりにちかい花を切ってしまった。
うつむいてしまっているが、まぁこれはこれでいいかと、そのままガラス瓶に挿した。

話はちょいちょい、あっちいきこっちいきするのだが、
こういうときもっとたくさんの接続詞を知っていたらなぁと思う。
先日、夫の母がちょっとした大手術を受けた。
夫の心のうち、夫の母の気持ち、どちらもうかがい知ることはできないが、
まぁそんなもんだとわり切ることにしている。
善意というのは、作り出せるもんじゃないのだから。
繕うくらいがせいぜいだろう。

comment (0) @ まいにち

ボタンのつけ替え

2017/05/18
ユニクロのコットン100%のカーディガンが1,290円というのは、
バブル経済の生き証人みたいな世代の私にとって、もう買うしかない。
若いころ、似たような製品を5倍ほどの値段で見てきたから。

しかもイマドキはコットン100というのは奇跡に近いほど希少価値(大げさか)で、
あってもたいてい目を疑うような値段がついている。
その点、やっぱりユニクロや無印良品はえらい。

けども、ザンネン、というか、あたりまえ、というか、
ついているボタンはまったく無難すぎて、デザインの欠片もない。
なら、付け替えよう。
と、手芸屋さんへ。

手芸店のボタンの一角をのぞくのは久々だが、これはほんとうに楽しい。
手芸店のメイン商品である生地に表舞台をゆずり、ひっそりと隅っこで、つまり裏舞台のような場所で、
しかしたくさんのボタンは大事そうに白い箱にいれられ、フタの側面に中身のボタンがつけられ、
白い箱は何段もうず高く積まれている。
クールかつ美しく、静謐である。
一つ一つのボタンは、小さな宝石のようで、それこそ真珠のように艶めいたもの、
花を象ったもの、貝素材のものとじぃっと見ているとキリがない。
そしてお値段、これが、けっこうビックリする。
いいボタンが高価であることはよくよく承知しているはずなのに、やっぱり驚く。

レモンイエローのカーディガンには、ガラスでできたおはじきのような赤のボタンをと
目星をつけていたが、希望のものはなく、白の貝ボタンとパンジーを象った緑色のボタン、
迷いに迷って、結局パンジーの方に。

レジでお店の人が、
「花のボタン、素敵ですよねぇ。ブラウスにつけられるのですか?」
と訊いたのは、洋裁をする人が自分で仕立てたブラウスのことを言っているのだろう。

ボタンのつけかえ20170518

comment (0) @ クチュリエ

日々の気分

2017/05/17
たいつりそう20170517

やっと気持ちが上向いてきた。
少々の?クスリの力をかり、少しずつではあるが。
朝の不安感も、起きるたびに、あ、大丈夫、という感じ。

タイツリソウが成長し、切って生けられるほどになった。
家に草花のある風景は、いい。
薔薇も昨日始めの一輪が咲く。

コーヒーメーカーが壊れたので、新しくする。
とはいえ、以前使っていたものと同じ機種。
コーヒーメーカーはいろいろあるけど、値段とクォリティが見合ってなおかつ、
デザインもオッケーなもの、となると、結局そうなってしまう。
そういえば、家の近く、徒歩1分圏内に二つも自家焙煎のコーヒー屋があるのだが、
そのうちの一軒が、ものすごい匂いを発していて、
夫曰く、煎餅のこげたような匂いで、私はたいしてなんとも思わないのだが、
窓をあけると家のなかじゅうその焦げ臭が充満して、夫は不満げである。
なぜあんな匂いを発するのか、できたばかりの店なので、
そのうちおさまるのか、おさまってほしいものである。
comment (0) @ まいにち

毛糸のパンツ

2017/05/09
先日のこと、寝しなにコーヒーを飲んだら、夜眠ってしまってから、
一時間おきにトイレに目が覚め、ええーっとなった。
コーヒーおそるべし。かくもからだを冷やす。
ふだん夜といえば、アルコール以外の飲みものをほとんど摂取しない。
体内の水分といえば、アルコールでできているんじゃないかと思えるほど、
私は水分摂取量の多くをアルコールにたよっている。
平均的な一日の飲酒量は、ビール700~1,000mlとワイン100~200ccくらい。
ザルのような人が見ると、かわいらしく、下戸の人が聞くと、そりゃ飲みすぎだろ、ていど。
なので?、寝しなにワインは飲んでもコーヒーを飲むようなことは、まずない。
それがその晩は、なんとなくコーヒーが飲みたくなり、コーヒーメーカーで淹れて、飲んだ。
使っているコーヒーメーカーは古くなってきたせいか、コーヒーはあまり熱くない。
ウェッジウッドのお気に入りのマグでたっぷり淹れて、飲む。
そうしたらその晩、何度もトイレに起きて、もう金輪際夜のコーヒーはよそうと思った。
ティーンエイジャーのころは、夜の飲みものといえばコーヒーだったが、
あのころは眠ってしまうと泥のようになって、いつまでも眠っていたものだ。
トシをとると、からだは冷えるということなんだろう。

からだを冷やすとよくないというのは、なんだか民間療法っぽく、ばかにしがちだが、
そうでもない。
というのも、この冬のこと、やっぱり夜トイレに起きるのが気になって、
ためしに毛糸のパンツをはいてベッドに入ってみたら、そんなことがなくなった。
いろんなからだの不調は、温めることで改善する気がする。
ことに西洋人とちがい皮膚の薄いアジア地域の人々は、気候に敏感にできている。
なので東洋医学の考えは、東洋人にはあっているのだ、たぶん。

話は変わる。
この前の日曜、実家へゆき、母とテレビを観ていた。
80代のハイカラばあさんが登場し、

「同年代のグチってうんざりだわ」

なにがイヤって、

「昔はよかった、昔はよかったって言うのよ、なにがいいのかって訊くと、
いまどきの若いもん(60代)は、親と同居しない、昔なら、
年よりのことはみんな若いもんがしてくれたのにって」

ははぁ、なるほど。年寄りくさいグチの一つではある。
が、まぁお年寄りさんの言うことは、どうしようもない。
だれもとめられないのが、彼らだ。みんないつかは、そうなる。
いいお年寄りさんっていうのは、砂浜で翡翠をみつけるほど希少価値。

「私はね、言いたいの。
自分のことを自分でするのは、あたりまえでしょッて」

ハイカラばあさんは、赤い口紅でしゃべっている。

「いくつになったって、自分のことを自分でするのは、あたりまえだわ」

銀髪はきれいになでつけられ、そこらの若いもんよりよっぽど身だしなみは整っている。
ただし整いすぎている身だしなみというのは、ある種のいやみがある。
このばあさんもそんな感じが私には、する。

見ている母は、
「若いもんのことをどうこう言ったってしょうがないわ」
と、ハイカラばあさんに同調しているが、こちらはこちらで、べつのいやみを感じる。
なんと言ったらいいのかな、物分かりのよいふりをしたがる人々というのか。
まぁもともと母は物分かりはよい部類の人ではある。
しかし、ものすごく前衛的というのでは、もちろん、ない。
が、本人は、自分のことを仏さんほど自分を達観している、とでも考えていそうで、
母のそういうところは、悪いわけではないが、よいとも思わない。

「健康だから言えるのよ」

冷たく切りこんでいく私というのは、どうしたもんか。
うんうん、とうなずいていりゃいいのに。

「この人も、健康だからえらそうなことを言うけど、
そうでなくなったとき、同じことを言うかしら?
絶対言わないと思うわ」

母に私の冷たい温度が伝わり、

「それもそうね」と今度は私に同調する。

どうだ、まいったかと思うあたり、私というのは、ほんとにもう。
comment (2) @ まいにち

出家

2017/04/30
日曜なので実家へゆく。
母のあげた天ぷら、というか精進揚げを食べながら、
ホームセンターへ行って薔薇の消毒薬を買ったので明日にも散布する話、
おなかがシクシク痛むのは左の卵巣が悪いせいで、もっと若いときに手術しておけばよかったという話をする。
母は、消毒は早朝にしなければならないこと、
婦人科は手術をしたからといってそうよくなるものでもないことなどこたえ、
天ぷらをよく噛みながら、ふむふむそんなものか、と私は思う。
その後、父があらわれる、北朝鮮のミサイルに激高しているが、昔からなんにでも激高する人である。
相手は北朝鮮でなくてもよいわけだ。
私が静かなので話を聞いていると思ったのか、調子づいて、
どこかでとった枝垂れ桜の画像をiPadで見せはじめ、それがえんえんと続くが、我慢する。
べつに意識はしていないが、こういうのを親孝行というのかもしらん。
他人が見たら、一家団欒の絵なのだろう。

夫の母がこの場にいたら、どんな顔をすることか。
私と父の仲が悪いのが楽しくてたまらない人だ。

帰宅してバファリンを飲む。
在家出家について、少し考える。

comment (0) @ まいにち